朝日の誓い
離れてなお猛々しく、薄明の空を焦がして炎は燃え続けていた。
焼け落ちる大伽藍、東大寺大仏殿。
屍は残さない、と。
言明の通りに姿を消した彼の梟雄の、言葉だけが耳に残る。
―――誤解しないでくれ。手段を選ばぬ訳ではない。
―――外道は外道のまま死ぬ……それが最も正しい死に様ではないかね?
兵を率い、退き支度を待つ陣のなかで、半兵衛は遠く劫火に煙る大門をふりあおいだ。
自分達とは、まさしく逆の道をゆく男の傲岸な最期。
「正しい死に様、か……」
理想を胸に悪名を飲み干し、罵倒と怨嗟を踏みこえて手段を選ばず駆け抜ける。
何もかも、覚悟の上での道だった。
それが、たった数合うち交わしただけの会話に、覆されてしまうとは。
「寒いな……」
曙光は未だ山々の稜線をこえず、吹く風は冷たい。かじかむ指先には感覚がなく、自分の手足という気がしなかった。
足元が崩れ奈落に落ちてゆくような、奇妙な浮遊感。
「………………衛さま!」
「……半兵衛さま!」
気持ちが悪い。風の音が、切れ切れに聞こえる。
真の強者とは何だ。
手段を選ばないという事は、結局のところ、手段を選べないという事に他ならない。
正義もなく、誇りもなく。
一つを手にするために、一つを犠牲にして。
かろうじて許された、唯ひとつの可能性に全てを懸ける。
それは、力無き者の戦い方だ。
どれだけ軍事力に傾倒しようとも、僕らは何も変わっていないという事なのか。
それだけは――――嫌だ。
嫌だ。
強くなったのでなければ、
前に進んでいるのでなければ、
僕らは、いったい
何のために
「…兵衛さま、大丈夫ですか。お顔の色が」
「……ああ、すまない」
いつのまにか土塀に背をもたれて、座りこみそうになっていた。
まわりを囲む兵たちの顔には、一様に不安の色が浮かんでいる。
「少し、煙に当てられただけだよ。出立の用意は」
「調いましてございます。皆、半兵衛さまの号令を待ち申し上げておりますれば」
重い身体を引き上げて、どうにか背筋を正した。こんなことで、軍を動揺させる訳にはいかない。
「よし、では本陣まで引き上げる。休止は入れないから、負傷者が脱落しないよう、よく目を配ってくれ」
「は!」
山中に敷いた本陣で、秀吉が待っている。
陣触れを告げ、慌ただしく動きだしたその時に、ようやく朝日の光が空に射した。
馬上より振りかえれば、火は先程よりも勢いを失いつつあった。
どんな炎も、いずれは鎮火する。
灰の中からでも草は芽吹く。
焼け落ち更地にかえった土地にも、いつかは何かがまた建つのだろう。
滅びですら、滅びのままではいられない。
この地で秀吉が決意を得たように。
強者が踏みにじった跡にも、きっと、新しい芽は育つはずだ。
それまでは、せめて。
間違っていようとも、醜く無様な死に様であろうとも、足掻き抗い続けたい。
爆炎に消えた男の、嘲笑う声が聞こえた気がした。
秀吉にはやく会いたいと、強く思った。
□ END □