人形の家。



 如月が泣く。
 そう言ったら、奴を知る人間の全てが首をかしげるだろう。
 まして、痛いと縋って泣き叫ぶのだと言っても、誰も信じたりはしないだろう。
 俺だけが知っている。
 その、涙。


 如月は、俺を受け入れる時だけ泣く。




「なぁ、お前俺とこんなことして楽しいか?」
 そう聞いたのは、何も嬲るためではなかった。
 如月は俺の身体の下で眉を寄せた。
「最初に僕を手籠めにしたのは、村雨、君だったはずだろう?」
 俺を見上げる瞳には、明らかに敵意がある。何を今さら、と言いたいのだろう。
 確かに今さら、だな。
「悪かったな。俺は欲しいモノは容赦なく奪うことにしてンだよ」
 如月の耳朶に息を吹きこんで、ささやく。腕の中で白い肢体が震えた。
「だったら………ッ、好きにすればいいだろう」
「ああ、そうしてるぜ」
 歯を喰いしばって堪える生意気な唇に、俺は噛みついた。
「い……ッ、あ」
 唇に滲んで広がる赤い雫を、舌で舐め取る。
 怯んだ隙に犯した口腔は、錆びた鉄の味がした。




 そもそもの始めに、俺は如月に「欲しい」とだけ言った。
 如月は何を、と聞かなかった。
 感情の読めない瞳で俺を見て、静かに口を開いた。


「君はここが何を売る店なのか、知っていて言ってるんだろうね?」


 拒絶の言葉。
 だから無理矢理手に入れた。




「んっ………っふぅ。あ……」
 執拗に舌をからめて口の中を攻め続けると、次第に如月は息を喘がせた。
 薄い胸板に手のひらを押しあてる。速い鼓動が手に伝わるのを確かめて、俺は指を滑らせた。
 左胸の中心を摘んで玩ぶ。
「…ぁんッ!」
 如月の声が跳ね上がる。
「や………っ」
 自由になった唇から切れ切れに漏れる、否定の言葉。
「止めろと言われて止めると思うか?」
「思わ………な、い。好きにしろ、って、言っただろ、う」
 潤んだ目で、如月は俺を真っ直ぐに射た。
「それはどういう意味で言ってんだろうな………」
「村雨?」
 如月がそれ以上何かを言うより早く、その唇を奪う。
「んっ………」
 卑怯なのは承知の上だ。それでも欲しいと思った過去の自分に腹が立つ。
 身体の輪郭をたどり、内股の裏を撫で上げる。
 びくり、と如月の背中が揺れた。膝裏を軽く押すと、難なく両足を開く。
 如月は抵抗しない。
 最初から、肉体の上では何ひとつ。
 如月のそれに指を添え、ゆっくりと握りこむ。
「あ、あぁッ…んっ。や………め」
 手のなかで形を顕わにしてゆくそれに、愛撫を続けながら後ろを探る。
 指を押しこんで、広げる。
「熱い、な。お前の内」
「ん、うるさい………お前の、せいだ、…っん、あぁ!」
 如月は堪えきれないように、喉をそらして身体を震わせた。
「も………う、やめッ………!!」
「いれて、の間違いだろ?」
 如月の目が見開いた。強い怯えの色が浮かぶ。
「待っ…………い、痛ッ。あぁああ!!」
 構わず俺は自分自身を突き入れた。悲鳴があがる。
「痛、ぁああああ!!!!やぁッ…!いたいいたいいたい」
 子供のようにぼろぼろと涙をこぼす、その瞳とは裏腹に、如月自身はいきり勃っていた。
 俺を銜えた腰が、強請るように揺れる。
「っく………如月ッ…」
「あぁぁあああああああああ!!」
 激しく腰を穿って俺が達すると同時に、如月自身も快楽の証を放つ。
 ひときわ高く嬌声を響かせて、糸がきれたように如月の身体は力を失った。


 如月は抵抗しない。
 けれども受け入れない。言葉の上では、何ひとつ。
 痛いと泣き叫ぶ声だけが、果てた後まで耳に残った。




 灯りをつけずに、手探りで灰皿を引き寄せる。
 薄青い夜の闇に煙草の火が朱く燃える。
 静かだった。
 深々と煙を肺に吸いこんで、隣に横たわる如月を見る。
 俺を受け入れた時の形のまま、投げだされた両脚。
 まるで人形だ。
 さもなくば死体か。
 激しく喘いだ呼吸も速い鼓動も熱い体温も何もかもが消え失せた、その姿に、この手で殺めたような錯覚を覚える。
 いや、いっそ殺められるなら、その方がどんなにマシなことか。
『君はここが何を売る店なのか、知っていて言っているんだろうね?』
 ここは物を売る店だ。
 心を売る店じゃ無ェ。そんなことはわかっている。
 人形の家だということは。

 人形は傷つかない。人形は殺せない。人に見えて人じゃない。
 初めから人に愛玩されるためにある。

 如月はそうやって俺から自分を守った。
 だが、俺が欲しかったのは人形じゃない。そう気付いちまった。


 何を、今さら?
 確かに今さら、だな。

 後戻りはできない。



 目を覚まさないように出来る限り優しく、俺は如月の身体を清めて整えた。
 苦しげに眉をひそめて眠る瞼に、唇を落とす。

 睫毛に残る涙は、煙草よりも苦い味がした。