わかりやすい恋 2/14



 気がつくはずなんてない。
 完全無欠のパッケージング。匂うように煌びやかな包装は、中身の正体を上手に攪乱している。
 艶を消した黄金色の小箱。透明の密封フィルム。
 気がつくはずなどないけれど、これほどわかりやすい恋もない。


 2月14日はバレンタイン・デーだ。誰が何を言おうと、そうだ。ことさらお祭り騒ぎにのりやすい、この日本国においては。
 世の男性の大半が、なにがしかの期待をし、世の女性の半分くらいが、それなりの準備をするのだろう。便乗するものも多々累々。
 無論、僕も便乗させてもらうものの一員だ。
 帳台の上。うず高く積みあげたチョコレートに、僕は溜め息をついた。
「村雨、どうせヒマなのなら手伝ってくれ」
 ああ?と、居間から気のない返事がかえる。
「何だソリャ」
 のそりと敷居の奥から首を出し、村雨は頬を掻いた。用もなくやって来て、僕のことなどお構いなしにゴロゴロするのはいつもの事だが、今朝は徹夜明けの始発で僕の店まで来たらしい。さては居間で寝てでもいたのか。
「見ての通り、チョコレートだ」
「朝っぱらからエライ量だな。もらったのかよ」
 そういや王蘭の如月っていや結構もてるんだってな、と村雨は鼻で笑った。
 僕が学生だったのは去年の話だ。今更なにを言っているのやら。よもや嫉妬というわけでもあるまいが。
「違う。僕が人に贈るんだ」
「おいおい、お前さんは男だろうがよ」
「男でも女でも関係ない。商売だからね」
 要するにこのチョコレートは全て、僕の店のお得意さま用なのだった。
「男でも女でも……ねェ。きわどい台詞のワリにゃ、お前が言うと色気もねェな」
「悪かったね、色気もなくて」
 きわどいと言う村雨の発想そのものが、きわどいのではないかと思いながら、僕はチョコレートのリボンをほどいた。
「何だ?せっかくの包みを破っちまうのかよ」
「ああ、このままじゃいかにも、だからね。それでは品がないだろう」
 ちまたに溢れる賑やかなパッケージほどではないけれど、一目でブランドが知れてしまう包装は、やはり僕の趣味ではない。
「へッ、言うじゃねェか」
 チョコレートを納めた内箱を、村雨は指で弾いた。
 艶を消した黄金色の地に、渋い書体で六文字のロゴ。
「ベルギー王室御用達に向かって、品がねェとはね。有名どころが嫌だってんなら、名の知れねェ銘店でも探したらどうなんだよ」
「それでは意味がないだろう。見た目は慎ましく、けれど中身はわかりやすく高級な方がいい」
「ほーぅ?澄ました顔で、意外にえげつねェな」
「商売なんて、そんなものさ。人の心なんてものは、特にね」
 そういうモンかね、と村雨は肩をすくめた。
 上得意から一般用まで、大小さまざまなチョコレート。すべて包みを解くようにと村雨に命じて、僕は新たに包装紙を広げた。
 純白のシフォンペーパー。
 黄金の箱を転がして、くるりくるりと包みこむ。柔らかくひだを寄せ、淡日和の水引でまとめて小花をかたどった。
「ふん?器用だな」
「まぁね。……手を止めるな、そこ」
「へぇへぇ」
 面倒そうに包みを破る村雨の膝に、僕はチョコレートを投げた。
「何だよ」
「本日最初のお客さまへ、日頃のご愛顧に感謝をこめて、さ。……君を客人と呼べるかは不明だが」
 むしろ呼べないという気の方が、多分にある。
「甘いものは食わねェんだがな、俺は」
「いらないというなら、それでもいいけどね。もらっておいて損はないと思うぞ?」
「そりゃ、どうも」
 あくまで気のない返事。
 そうくるか。
 そうくるとは思っていたけど、そうくるか。
 ふうん?

 手を止めずに横顔を盗み見て、僕は忍び笑った。


 2月14日午前11時30分。
 バレンタイン・デーは、まだまだこれからだ。
 今日一日、僕はたくさん贈るだろうし、贈られるだろう。浮ついたお祭り騒ぎ、思惑もさまざま。
 それでも、最初に贈る相手が一番重要だということは、普遍の真理に違いない。
 便乗してるんだよ。浅はかな世の習わしに、流されたふりをしているだけだ。
 そうでもなくば、僕がお前にこんな事などできるはずがないだろう。
 今までさんざん人の身体を貪っておいて、心までもを食べた覚えはないなんて。
 そんな言い訳が何処まで通るか。
 気づいた時が見物じゃないかい?

 村雨の膝の上。何食わぬ様子のチョコレート。

 この男は、気づいていないけれど。
 これほどわかりやすい恋もない。