雲路の果て



 空がとっても青かった。
 一面の草原に、風がそよいで気持ちがいい。
 なんだか不思議だ。
 戦いに来たはずなのに、黒崎くんの手伝いをしようと来たはずなのに、あたしはのんびりと空を見ている。
 まるで旅行に来たみたい。
 朽木さんの処刑が取り止めになった後、いろんな事が明らかになって、瀞霊廷は大変なことになっているらしかった。
 黒崎くんも石田くんも茶渡くんも、そしてあたしも取り調べを受けた。と言っても、事情は夜一さんが話してくれていたので、あたしはお茶とお菓子をいただきながら、お喋りをしただけなんだけど。
 夜一さんは、今日も隊長さんたちの話し合いに行っていた。
 黒崎くんは、まだ四番隊の救護舎に通ってる。
 朽木さんも、身体が弱っているので安静中。
 あたし達が帰るのは、もうちょっと後になるみたいだ。
「あー、いいお天気だなー」
 草のなかに、寝ころんでみる。この空の下のどこかに、死んだお兄ちゃんがいるって不思議。
 たつきちゃんが見上げる空とは、別の空だっていうのが不思議。
 ごろごろしていたら、草の向こうに人影が見えた。
「石田くーん!」
 手を振ると、石田君は驚いた顔をして、こっちに歩いてきた。
「井上さん、こんな所で昼寝かい?」
「えへへ」
「ちょうど良かった。肩幅と身丈だけ、採寸させてもらえるかな」
 石田くんはメジャーを持っていた。
「僕ら、どさくさに紛れて服をなくしてしまっただろう。こんな死神装束じゃ恥ずかしくて帰れないし、ここの縫製施設を借りることにしたんだ」
「あ、それなら、あたしも手伝うね」
 う、と石田くんは言葉に詰まった。
「……い、いや、井上さんは休んでいなよ。黒崎の治療でずいぶん力を消耗しただろう。これは僕がやるから」
「そう?」
 石田くんの方が器用だから、お任せしたほうがいいのかな。一年生なのに、手芸部の部長だし。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 はい、と背中を向けると、メジャーを引く音が聞こえた。
「ちょっと、ごめん」
 石田くんの手は速くて正確だ。サラサラと、採寸の数字を書きつける。
「井上さん、普段買う洋服はM?それともL?」
「うーん、Mだとちょっと裾が足りないことがあるからLが多いかなあ」
「足りないのは何センチぐらい?」
「このくらい」
 指で幅をとると、石田くんは真面目にうなずいて寸法を測った。
「ありがとう。さてと、次は茶渡くんだな」
「茶渡くんもオーダーメイドになっちゃうね」
「どうだろう、3Lくらいだと思うんだけど。それより、朽木さんの身長って知ってるかな」
「えーと、あたしよりちょっと低いの。十センチくらいかな。黒崎くんは、石田くんと身長いっしょくらいだよね」
 そう言うと、石田くんは嫌そうに顔をしかめた。
「黒崎の寸法は必要ないだろう。現世に身体ごと置いてきてるんだから」
「そっか、そうだね」
 黒崎くんの事になると、とたんに表情が変わる石田くんがおかしくて、つい笑ってしまう。
「何かおかしいかい?井上さん」
「ううん、何でもありませーん」
 なんだかな、と呟いて石田くんはメジャーをしまった。
「茶渡くんは宿舎かな。戻ってみるよ。じゃあ」
 草むらをかきわけて戻っていく石田くんを見送って、あたしはまた寝ころんだ。
 白い雲が空を流れていく。
 …………あれ?
 あたしは起きあがった。草のすきまに、石田くんの背中が見え隠れする。まだ、そんなに遠くない。
 遠くないのに。
 どうして石田くんの霊圧が感じとれないんだろう。
 あたしが声をかけた時、石田くんは驚いた顔をした。
 どうしてあたしがここにいるって、わからなかったんだろう。石田くんの感知力は高いはずなのに。
 どうして?
 急に、灰色の雲があたしの胸に湧きおこった気がした。

 立ち上がると、思ったより風が強くなっていた。
 見送るあたしに、石田くんが気づいて振り返ることはなかった。