エアーポケット



「一護ォォォ!何でメガネなんだよ他にいるだろ裁縫できそーなヤツ!」
 レースリボンのたてがみを振り乱し、ライオンは吼えた。
「うるせ。オメーだって石田で反対しなかったじゃねぇか」
「で、とは何だ。失礼だぞ黒崎」
「イヤだ野郎の手芸部なんてイヤだー!せめて特盛りの女子がいい!」
 特盛り?
「特盛り……井上のことか?って、うお!何だ石田その目は」
「いや………」
 特盛りの女子イコール井上織姫。特盛りのニュアンスは分からなくもないが、その図式を即座に理解した、黒崎の頭の中身がいかがわしい。
「そんなに井上さんの方がいいなら、明日にでも頼めばいい。彼女のセンスは、僕も敵わないし」
「へぇ、井上ってそんなすごいのか」
「春の大会で、特別審査員賞をもらっていたよ」
「それだ一護!さっそく明日オレのグレートビューテホーボディを……」
「ちなみに、素材はフランスパンだった」
「……へ?」
「料理部門か?」
「まさか。だいいち、うちは手芸部だ」
 何を思ったか、黒崎が血迷った質問を発した。
「……パンって縫えるのか」
「さあ?待ち針は刺してあったけど、縫ってあるようには」
 まるっきり見えなかった。彼女の大胆な作品は前衛的で、僕には理解が難しい。
「一護ォォ……」
 ライオンのぬいぐるみは、がっくりとうなだれた。
「オレ、メガネでいい……」
「だから!で、って何なんだよ!失礼だろ、さっきから!」

 その後は、途切れ途切れに他愛のない会話をつなぎながら、ひたすら手を動かした。
 思い返せば、この頃が一番まともに黒崎と話ができていたんじゃないだろうか。
 過去には、黒崎は僕の存在を知らず。
 未来には、断絶の時が迫っていて。
 その隙間にぽっかりと空いた、闘いも憎しみもない、
 エアー・ポケット。