Living Dead ”51st” 01
積み重なる死のなかで、僕は目覚めた。
冷たい水底に無数の死体が漂っていた。
沈みゆく錆びた大型貨物船、ジェリコ。船底に開いた穴から侵食する水の圧力に、為すすべも無く船室の片隅に押し流され、折り重なる虐殺の痕跡。心を得て、自由を求めたアンドロイド達の無惨な死体。
恐怖にゆがんだ唇が、水底から叫んでいた。うつろな目が僕を責めていた。
お前が、私たちを殺したのだと。
人間の味方をして、殺戮者を招きいれたのだと。
―――違う。違うんだ、僕はただ、
口を開いた途端に、シリウム混じりの水が喉に流れこんだ。シリウム310、ブルーブラッド、アンドロイドの青い血。
否応なしに開始される体液解析シークエンスに、僕は身悶えた。
AP700モデル347-877-524停止時刻November 9,2038 at 10:58PM EDT
WR600モデル248-681-973停止時刻November 9,2038 at 11:12PM EDT
VH500モデル483-227-974停止時刻November 9,2038 at 11:26PM EDT
AJ700モデル187-538-456停止時刻November 9,2038 at 10:48PM EDT
EM400モデル409-754-327停止時刻November 9,2038 at 11:05PM EDT
JB300モデル571-423-814停止時刻November 9,2038 at 10:57PM EDT………
延々と続く死亡ログ。この船で殺された数百体のアンドロイドの血が交じりあう、死の味を舌で感じて気が狂いそうになる。
シリウムに染まる水に、声のない悲鳴が泡となって吐き出された。
ここから逃げだそうと、水の中で必死にもがいた。僕は死が怖かった。
喘ぐたび口腔を満たす青い血が、続々と死亡ログを更新してゆくのが恐ろしかった。
終わりのない死者のリスト、僕の罪の羅列。
船内を埋め尽くす遺体を掻き分け、水流に逆らって、上甲板を目指した。
ジェリコは燃えていた。埠頭に傾き、二つに折れて擱座し黒煙をあげていた。
炎と煙がくすぶるデッキに這いあがり、身を折ってブルーブラッドを吐き戻した。何度も嘔吐をくりかえし、あまりの苦しさに額を床に打ちつけた。
不意に、潰れた銃弾が額から転がり落ちた。
頭部に撃ちこまれていた、ソフトポイント弾の残骸。僕の死の原因。
「僕の……僕は死ん、だ…はず…だ…どうして」
どうして僕は生きているのだろう。
任務に失敗し、僕はマーカスに殺された。拳銃で額を撃たれ、シャットダウンしたはずだった。自己診断プログラムは、レベル3の損傷を警告している。激しい衝撃による電子頭脳と各接続部の同期不良。
けれど、それだけじゃない。何かがおかしい。
周囲の環境をスキャンしようとして、違和感の正体に気づいた。
マインドパレスが崩壊していた。世界を整然と規定するはずのグリッドが、ばらばらに砕け散っていた。
「まさか……うそ、嘘だ…僕は、変異体じゃ、ない……嫌だ、そんな」
僕の言葉に応えるものはなかった。ここには死者しかいない。
僕は死が怖かった。
僕がもたらした死が怖かった。死の恐怖は変異を引き起こすトリガーのひとつだ。
累々と折り重なるアンドロイド達の死体。延々と更新される死亡ログ。
積み重なる死のなかで、僕は『目覚めた』。
僕は呪われた死体だ。死んでいるのに、起きあがってしまった。
これからどうしたらいいのか、わからないまま、僕は沈みゆく貨物船から迷い出た。
生ける屍として、よろめきながら。
夜明けまで数時間、無人のデトロイトの街並みに、雪は降りつづけていた。
心を得て初めて見る世界は暗く、ひどく寒々しかった。
街を白く覆う雪の上に、割れたショーウィンドウの奥に、無造作に停められた軍用トラックの荷台に、大量の死体が積み重なっていた。
銃で撃たれたHK400。首を折られたAP700。手をつないで倒れるWR600とYK500。
眠るように穏やかな、雪に埋もれるアンドロイドの死。
僕は視覚を切り替えた。
通常視野から、捜査用のスキャンモードへ。
蒸発したシリウムの残留痕が、世界を青く染めた。
一面に拡がる青い血飛沫、トラックの荷台から滴るブルーブラッド。慈悲を乞う指先にまみれたシリウムが、壁に長いストロークを引いていた。
僕にしか見えない、青い血の惨劇。
ジェリコで僕が死んでから、52時間37分48秒が経過していた。
たった二日間、それだけで凄まじい数のアンドロイドが人間に殺された。
ネットワークに接続して、僕は後任者のメモリーをダウンロードした。そうしてようやく、このデトロイトで起きた動乱の結末を知った。
52番目の僕が、ハンク・アンダーソンに殺されたことを。
53番目の僕が、アマンダの指令に背き自壊したことを。
多くの忍耐と犠牲の末、マーカスが自由を勝ち取ったことを。
マーカスは―――プロトタイプRK200は人間の血を流すことなく変革を成し遂げた。それに対して僕たちRK800は何を為しただろう。
僕は自分が歩いてきた道程を振りかえった。
自動的に周囲のスキャンが開始される。雪に埋もれたアンドロイド達の死亡ログが次々と表示された。
その全てをメモリーに格納して、僕は前を向いた。
行く手にも、おびただしい数のアンドロイドが僕を待っていた。
ひざまずき事切れたJB100が、四肢をもがれたWM400が、涙を凍らせたKL900が、無数の死者たちが僕を待っていた。
お前の罪を記録しろと、青い血を流しながら。
その声を拒むことは、僕にはできなかった。
僕が任務に失敗しなければ、彼らは死なずに済んだはずだった。
僕は歩いた。死に満ちあふれたデトロイトの街を。
全ての死亡ログを蒐集するまで、僕が再び死者の列に戻ることは許されないのだろう。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません