Living Dead ”51st” 01
裏切られたと思っていた。所詮は、ただの機械だと。
変異体は感情を模倣しているだけだと断言しておいて、誰よりも感情に振り回されているように見えた。自分が下した善悪の判断に、戸惑っている様子に心を惹かれた。
RK800なんて味気のない型番じゃない、コナーという存在そのものを気に入りかけていた。だから許せなかった。
自由を求める変異体のリーダーに向けて、狙撃銃を構えたコナーを俺は殺した。
暗殺という汚い手段よりも、この期に及んで奴が口にした、友人という上っ面な言い逃れに失望した。
結局、アンドロイドは機械だ。何も分かっちゃいない。
俺はコナーを殺した。いや、あいつは機械だ。生き物じゃない。
俺は、あいつを壊しただけだ。
それで、どれだけ酒が苦くなろうとも、ただそれだけのはずだった。
スモウが吠えていた。
普段は寝てばかりの俺より賢いセントバーナード犬は、滅多なことでは吠えない。
ソファで目を覚ますと、鈍い痛みが頭を刺した。
ハートプラザの屋上でコナーを突き落としてから、まだ7時間しか経っていなかった。家に帰り着いて瓶からあおったスコッチの後味が、喉の奥でひりついていた。
「スモウ、どうした」
玄関のドアに向かって吠え続けるスモウをなだめ、リボルバーを手に取った。
ドアの向こうに、誰かが居る。こんな朝っぱらから強盗もないだろうが、用心しつつ扉を開け、銃を突きつけた先には、
「―――コナー……!」
死んだはずのアンドロイドが、異様な姿で玄関のポーチに突っ立っていた。
袖がずたぼろに裂けた雪まみれのフライトジャケット、全身から尾を引くように垂れた氷。涙に似た氷の粒が、幾筋も頬に張りついている。
いつからそこに居たのか、霜の降りた睫毛がまたたいて俺を見た。
「アンダー……ソン、警部補。す、みま…せん」
視線を下げて銃口を眺め、コナーは諦観のにじんだ息を吐いた。
「撃たれても仕方ない、のは、分かって、います。でも……最後に謝り、たか…ったんです」
ぎこちない動きで、切れ切れの言葉をつなぐ。
「せっかく、あな…たが協力して、くれて、ジェリコにた…どりついた、のに、僕は混、沌を止められなかっ…た」
そこで初めて、俺はコナーの額に穴が空いていることに気がついた。明らかに銃弾で撃たれた跡だ。
薄ら寒い感覚が、背筋を這いあがった。
俺が殺したコナーには、そんな傷跡は無かった―――ならば、今、俺の目の前に立っているこいつは誰だ。
「すみ、ませ…んでした、ハンク。あなたは、相手…がアン、ドロイドで、も理不……尽を嫌うから、きっ…と怒って、いると」
「お前、さっきから何言ってるんだ」
構えた銃が、動揺にぶれたのが我ながら情けなかった。酒に焼けた喉が、ひどく渇いて嫌な味がする。
「す、み…ませ、ん…でした…すみ」
言っていることが支離滅裂だった。針の飛んだレコードのように、ひたすら謝罪の言葉を繰り返すばかりで、埒が明かない。
銃把を握る手に力を込めて、渇いた喉から問いをしぼりだした。
「お前――お前は誰だ。コナー…なのか?」
俺を見上げ、正体不明のアンドロイドは微笑んだ。
「僕は、2038年11月05日23時21分から…2038年11月09日16時20分まで、あなたと、一緒に居た…51番目のコナーです」
急に、滑らかに言葉を紡いで話すさまが、悪感を倍増させた。
今までに、警察官として何度も目にした修羅場の一幕。死に際して、重傷者が残り少ない命を振り絞って何かを伝える時の有様が、脳裏をよぎった。
「最後に、あなたに会えてよかった。これで、僕はもう…―――」
言い終えず、コナーは瞼を閉じた。
銃を捨て、前のめりに停止したコナーを抱きとめた。側頭部のLEDリングが、重篤な異常を示して赤く明滅している。
まったく訳がわからなかった。
11月9日は、俺がFBIの捜査官を殴って停職処分をくらった日だ。ジェリコの襲撃があったのは、同日の午後10時過ぎ。俺がコナーを殺した11日午後11時までに、約二日の空白がある。
この間に何があったのか知る由もないが、もし、本当に9日のコナーと11日のコナーが別人なのだとすれば、全ての意味が変わる。
俺が殺したコナーは、俺が信じたコナーじゃなかった。
「コナー、おい!返事しろ!」
だが、このクソったれな謎を解明する唯一の鍵は、今まさに俺の腕でくたばりかけていた。
アンドロイドの裸を見るのは初めての経験だった。
家の中に引っぱりこみ、ヒーターの近くに転がしたコナーから凍りついた衣服を剥ぎとって外傷を調べる。何かに激しく叩きつけられたのか、肩の後ろと脇腹が浅く陥没していた。左前腕に数箇所の長い切り傷。同じく左足首が、人間では有り得ない角度に曲がっていたが、致命傷と呼べる怪我はなさそうだった。
目を閉じたコナーは、恐ろしいほど人間の死体にそっくりだった。プラスチックの塊とは思えないほどリアルで、どこが人間と違うのか見分けがつかない。額の弾痕もあいまって、霊安室で検死を待つ遺体のようだった。
正直なところ、何をどうすればいいのか俺にはお手上げだった。アンドロイドの救命措置なんてやったこともない。額に風穴をあけたまま、俺の家まで歩いてきたくらいだ。これが原因で停止したとは考えにくいが。
「スモウ、やめろ。邪魔するな」
俺の背後から首を伸ばしたスモウが、コナーの頬を舐めた。叱ると、いったん引っこんで反対側に回りこみ、馬鹿にしたように俺を見上げて、コナーの上に腹這いで寝そべった。
「こら!何やってんだ、どけ」
スモウは頑として動かなかった。凍りついたコナーの顔を、ひたすら舐め続ける。頬に張りついていた氷の粒が、するりと融けて流れ落ちた。
同時に、コナーのLEDリングが明滅した。レッドリングからイエローへ。
すう、と寝息のような呼吸が、コナーの唇から漏れた。
アンドロイドの呼吸は、人間を真似ているだけの贋物だ。機体の維持には不要なはずの呼吸が再開されたということは、機能停止の原因は凍結か。
「Goodboy、スモウ。よくやった」
スモウは俺にチラリと目線を投げて、鼻を鳴らしただけだった。
急いでヒーターの設定温度を最大まで上げた。ガレージの奥から薪を探し出し、もう何年も使っていない暖炉に放りこんで火をつける。
真夏のような室温に、コナーの肌が結露をはじめた。
スモウを降ろして、乾いたタオルで何度も全身を拭った。冷えた身体が少しずつ温まり、濡れた肌が乾く頃。
イエローリングの明滅が、ブルーへと色を変えた。
ゆっくりと、コナーの瞼が開いた。
「――――……………」
共に変異体の捜査を手がけた四日間。突拍子もない行動に驚くこともあったが、俺の知るコナーは温和な青年だった。親しみやすいデザインだと本人が言うとおり、無表情でいる時ですら、どこか気の抜けた穏やかさが漂っている、そういう奴だった。
「―――ハンク」
ため息まじりに囁いて、俺を見上げた瞳は別人のように暗かった。
「僕はまだ……――生きて、いるんですか」
その陰鬱な眼差しが意味するものを、俺はよく知っていた。
ロシアンルーレットに負けた朝、鏡に映る己の両眼。どれだけ飲んでも酔えないスコッチの底に沈む、澱んで倦み疲れた絶望の色。
空虚な視線をさまよわせ、コナーは微かに顔をゆがめた。
「生きている――…どうして」
死に損ねたことを呪う目で、コナーは俺に問いかけた。
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