墓守と大臣





 丸い月が天蓋をすべり落ち、地の端に沈みかけていた。
 もうすぐ夜が明ける。
―――また一人、殺されたか………
 半兵衛は手燭の火を吹き消して、窓辺へと歩みよった。
 壮麗な宮殿の、白亜の連なりの一番奥。王にちかしい第一の臣として賜った尖塔の私室は、皮肉なことに、荒れ果てた四阿をはさんで後宮と隣り合わせていた。
「秀吉……」
 王よりこの部屋を賜ったころには、このような事態は想像もできなかった。
 後宮には真の王妃がおり、慈しみあう王と王妃は、都の民のあこがれだったのだ。
―――それが、どうしてこんなことに。
 窓辺に寄りそい、眼下の四阿を見下ろして、半兵衛は唇をかみしめた。
 最後の月明かりのもと、後宮の裏門が静かに開き、宦官が雅びやかな輿を運びだす。
 無言の行列は、しずしずと四阿に進み、やがて大きな美しい布包みをテーブルにのせて、ふたたび後宮へと帰っていった。
 布の中身は、今宵の王妃だ。
 処女の花を散らし、無惨に命を絶たれたあわれな娘。
 半兵衛は重い息を吐いて、尖塔の階段をおりた。
 砂のように暗い衣装。ざらざらとした布を頭からかぶり、面布をおろす。
 右手には土を掘る杭。不吉で忌まわしい、墓守の衣装。
 これから娘は人知れず、冷たい土の下に埋められる。
 墓標のない盛り土は、全部で十五。十六番目の墓穴は、すでに掘られていた。
―――この都を、君を守るためなら、僕は何にでもなろう。
 昼は大臣。夜は墓守。
 この秘密を、誰かに知られてはならない。
 王とは都の太陽、都の生命。何よりも正しく、何よりも光り輝く存在でなくてはいけないのだから。



 翌朝、謁見の庭にて王の政務を補佐した半兵衛は、退出の間際、侍従長に呼び止められた。
 柱の影で耳打ちされた内容に、眉をひそめる。
「女が見つからない?」
「民のあいだで、噂が広がっているようです。夜伽に召された娘は二度と戻ってこない、と」
「………………」
「消えた娘は殺されたとも売られたとも、奇々怪々な噂が飛び交っております。ゆえに、娘を後宮に召し上げられまいと、男装をさせる者や病気といつわる者まで出る始末。これでは、次に王のお召しがかかりましても、御前にあげる娘が……」
「一人もいないのか」
「申し訳ございませぬ」
 半兵衛は唇を噛んだ。
「少々、手荒になっても構わない。支度金を増額して、何としても娘を用意しろ。僕は、噂の出所を調査する」
「かしこまりました」
 苦い思いを奥歯に噛みしめながら、半兵衛は何食わぬ顔で内廷を抜け、私室へと戻った。
 配下のうちでも隠密行動に長けた者をよびあつめ、命をくだす。
 後宮は、基本的に閉ざされた場所だが、例外はある。
 去勢された宦官、後宮の外縁で働く下人、装飾品をあきなう商人など、出入りする者は多い。
 だが、今回の場合、噂は真実の核である後宮の深奥から発している。
「……女しか出入りの出来ない場所、か」
 王の寝所に侍るのは女。その身辺を探らせるには、やはり女でなくてはならない。
 しかし、諜者といえど、王の秘密を知る者が、これ以上増えるのも好ましからざる事態だ。
 ならば、手は一つしかない。
 部下の去った私室でひとり、半兵衛はひっそりと仮面をはずした。
 優美な線を描く紫の仮面。その縁を指先でなぞり、つぶやく。
 流れ落ちた白銀の髪が、暗い瞳をおおいかくした。
「大臣……友……墓守……、いまさら、役割が一つ増えたところで何も変わらないさ。そうだろう、秀吉……」








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