かつて、この都は滅びに瀕していた。
熱砂の土地は、実りに乏しい。略奪より他に生きのこる術はなく、交易の富と水源を求め、砂漠の諸族はことごとく都に攻め寄せた。
対して、都を治める王は無能にして怠惰。
王宮の深奥で酒色にふけり、こころある臣を遠ざける。
迫る軍勢に民はおびえ、高くそびえる城壁の内で命運尽きようとしていた、あの頃。
「守りたいもの、か……」
風に晒され、色褪せた小さな四阿。その崩れかけた屋根の下で、半兵衛は目をさました。
そこは、見慣れた王宮の裏庭だった。右手には白亜の尖塔がそそり立ち、左手には後宮の通用門が黒い鉄格子を閉ざしている。
身をおこした半兵衛は、懐をたしかめ、顔をしかめた。
――……悪趣味だ。
砂金を詰めた革袋が、消えていた。かの魔術師の仕業にちがいない。
あれが夢ではないのなら、この場所に放りだした意図など一つだろう。
夜明け前、この四阿へと続く無言の行列。
大地に長く影を引く、いくつもの盛り土。
墓標がわりに植えられた、ヘンルーダの葉が夜闇に涼しく香る。
その下に眠る、幾人もの死せる乙女。
王が犯した罪の証。
色石の剥がれかけたテーブルに、ぽつりと琵琶(ウード)が置かれていた。
拾い上げて、ふと、半兵衛は自分が楽士の衣装を身にまとっていることに気がついた。
夜の天幕を裾引いたような、淡く柔らかな菫色のヴェールが肌にまとわりつく。
歌に踊り、軽業、曲芸、辻芝居。人々の目の喜ばせる遊芸の民は、この都において決して珍しいものではなかった。
豊かな都には、噂を聞きつけた様々な民がつどう。昼夜を問わぬ享楽の様は、さながら不夜城の如くと賞されるほどだ。
だが。
城壁の外が戦塵吹きすさぶ乱世であることは、いまだに変わりはない。
隙あらば都の財を掠めとろうと、諸国が野心を抱いているというのに。
安寧になれた民は今、他ならぬ王におびえている。
――卿の献身にはつくづく感心させられるな。
――一度、主の首をすげ替えただけでは飽きたらぬのかね。
魔術師の含み笑いが、耳によみがえった。
「秀吉……」
都には王が必要なのだ。それも、強い王が。
半兵衛は、寂しく並んだ墓標の前にひざまずいた。
もうすぐ、陽が落ちる。
魔術師が言う、死者の時間がやってくる。
「……どうか、僕に力を」
墓標に茂るヘンルーダの葉を一枚、そっと口に含んで、半兵衛は立ち上がった。
闇の力を纏う自分には、神に祈る資格はない。
ヘンルーダは破邪の香草。
たとえ、我が身もろともに滅びようとも。
この都をおびやかす闇は、取り除かなくてはならない。