この日、半兵衛は朝の政務に王より遅れて参上した。
本来ならば許されざる非礼だが、王は笑って大臣を迎えた。
「すまない、秀吉」
「お前が遅れるとは珍しい。今日は、雹でも降るのではあるまいな」
あいまいに笑みをかえし、半兵衛は己の座に腰をおろした。
手足が重く、身体が怠くてたまらない。今朝は、どうしても寝椅子から起きあがれずに、ずいぶん時間をくってしまった。
考えてみれば、無理からぬことではある。
毎晩、乙女として後宮にはべり、昼間はこうして大臣の勤めを果たしているのだ。疲れていないわけがない。
どうにか座ったものの、床が奇妙にたよりなく、目が回って仕方がなかった。
「どうした、半兵衛。顔色がすぐれぬぞ」
ふらりと傾いた大臣の身体に、秀吉が眉をよせる。
「いや、大丈夫―――」
答えた喉の奥に、血の味が散った。胸がかっと熱くなり、続けて激しい咳がでる。なだめようと口元を押さえた掌に、べっとりと血の塊が張りついた。
「半兵衛!」
秀吉の声が遠い。
――最後の棺に入るのは……
このままでは、自分という事になりそうだ。半兵衛は、微かに笑った。この有様を知れば、きっと魔術師は嗤うだろう。
いまだ、後宮において決定的な証拠はつかめず。
のらりくらりと朝貢の使いを出ししぶる、かの太守との繋がりもみえない。
王と都。
どちらかを選ぶことが、自分にはできなかった。
――すまない、秀吉。
選べなかった報いが、都と王に災厄をもたらそうとしている。
ふたたび迫りくる戦火に、王が率いるべき民兵はなく。
おびえる民に、庇護をあたえる王はない。
すべては灰燼に帰すだろう。魔術師の思惑どおりに。
それでも、愛しているのだ。
熱砂に揺らめく蜃気楼のような白亜の都。朝に栄え、夕べに安らぐ日々の営み。
久遠の平安を懐にいだき、何者にも屈することのない強く豊かな理想の国。
その夢をかなえるため、ともに歩んできた王を。
愛している。
探りあてた真心は、時すでに遅く。
「――半兵衛、半兵衛!目をあけよ」
呼びかける王の声を最後に、意識は闇に途切れた。